◆ 奴隷商人 ◆                                                   UPDATE 09.02.04


 第二章 『檻の中』 




この提案を受けて、なにやら男がしばし思案したようだが、娘に告げたその言葉は短く簡素なものであった。


「ソレでいい、ご主人様言うマス」
「……左様ですか。ではこのような成り行きではありますが、どうぞ我が商会によって完璧に調教され、
 徹底的に飼育を施される商品達の姿を心ゆくまでご覧下さいませ」



こうなってしまった以上、今さらジタバタしても始まるまい。
さっさと工房の奥へ連で、飼育場を見て回らせて追い返そう。
同業者であれば何やら感づくかもしれぬが、素人が工房の奥を少し覗いたからといって、
何だろうと万に一つも盗み取れる訳もないのだから。


「こちらへどうぞ。この先はまだ未調教の粗雑な奴隷達が蠢いておりますゆえ、足元にお気を付け下さい」


内心のムカつきなどどこ吹く風で、うやうやしく注意を促しつつ、
大人しくワラ敷きの床へ身を横たえた調教済み奴隷達の飼育部屋をいくつか通り抜け、足早に奥の工房へ客人を案内する。
さっきとは打って変わってつまらぬ説明をせずに先を急ぐ私についてくるのが精一杯なのか、
牝が放つ淫靡で濃密な性臭いにたじろいだのか、2人からは何も問いかけは無かった。
当然、いきなり想定外の客人を連れて工房を闊歩する私に、
そこかしこの飼育係達から不満の声や視線が飛んでくるが、全て無視して一気に奥へ突き進む。
全く。一体なんだってこんな事になってしまったんだろう。やはり帳簿整理に専念しておくべきだった…


「さぁ、つきましたよ。ここから先が今、しつけを施している真っ最中の奴隷達が居る場所です」
「はぁーっ、はぁーっ…コ、ココが?」



冷え冷えとした狭い廊下から広い空間へ出ると、そこは工房にいくつかある中庭へ通じる扉の前であった。
さっきまでの小綺麗な木戸ではなく、牛車でも通れそうな横にも縦にも大きな両開きの薄汚れた木戸が目の前で静かに佇んでいる。
勝手の分らぬ薄暗い奴隷部屋を引っ張り回されて、さすがに息が切れたのか、背後では例の娘が目を白黒させていた。
だがこんな事を望んだのは他ならぬ、そこで苦々しげに顔を歪めているお前の主人なのだ。
恨み言なら後でソイツにいくらでも言うがいいさ。
などと思いつつも特上の笑顔でもって振り返り、客人を工房の奥へ招き入れる。


「お連れの方…貴女様は、こちらで待たれた方がよろしゅうはございませんか?」
「……エ?」
「そう、ご主人にお伺い下さいませんか?」
「……分ル、ますた」



不意の問いかけに驚いたのか、少々戸惑いながら娘が男へ何事か囁いている。
まぁ、一応聞いてみただけだ。どうせなんと答えが返ってくるかは分ってはいるのだが。
わざわざ砂漠を越えてこんな所へまで連れて来られたのだ、何があろうとこの娘はこの男の側を離れる事は無いだろう。
それが強いられた服従と隷属の為なのか、それとも錬金の秘術による逃れがたいものなのか、
はたまた本当に愛情からなのかは私にはどうでもいい事だし、また知る術もない。


「このまま、イク言うデス」
「左様ですか。では…さぁ、どうぞご自分の目でごゆるりとお確かめ下さい」



くたびれた木戸を押し開くと、聞こえてくるはずだろう重々しい錆びついた蝶番が軋む音はなかった。
その見てくれに反して意外にすんなりと開いていく様に、2人は違和感を感じたのか感じなかったのか。
もしここへ足を踏み入れたのが心得のある盗賊ならば、すぐさまその異様さを察してこの木戸から身をひるがえしたろう。
仮にこの工房を生きて逃げおせ、街へ身を隠しおせたとしても、決して逃れられぬ“最悪の死”がその者に襲いかかるのだから。
この工房には限られた者でなければ開く事の叶わぬ、聞くも恐ろしい呪法が仕掛けられた木戸が幾つも有り、
ここもその1つなのだが、まぁそんな秘密を説明をする必要もあるまいさ。


「……!?」
「はは、これだけにはなかなか慣れぬものですな。私も気を許すと、つい咳き込んでしまいそうですよ」



お約束の胃がひっくり返るような、不潔な奴隷達が発するあの独特の生々しくも酸っぱい臭いが流れ出てきた。
慣れぬ貴族様がこの異臭に当てられたら、目眩と吐き気で2、3日は確実に胸のムカつきが収まらぬ事だろう。
そんな事を考えて様子を盗み見るが、客人は努めて平静を装うのに成功してる。
どうやら目に見えぬ洗濯バサミでもって、高いその鼻を摘むのに慣れていらっしゃるようだ。
女の方は、これは予想通りにあの美しい顔を歪め、俯いてしまっている。


「ここは工房へ連れて行く前の、つまり調教が開始される日までここで飼われる、
 手つかずの者達がいる区画でございます」
「大きいのから小さいの、太いのから細いの。歳だって、5、6から上は20辺りまで、
 種類はそれこそ色とりどり取り揃えさせていただいておりますよ」
「いかがです? どんな牝奴隷だろうと男娼だろうと、ここで揃わぬ奴隷はおらぬ、と断言出来る程です」



どこか異国風な趣を備えたそこは、
かってならば中庭と言うよりも何か大掛かりな闘技場か遊技施設のようにも見えた事だろう。
ざっと見て広さは一個軍団の半分が二頭立ての戦車を引き連れて来ても十分に収まる程にゆったりたしたものだし、
実際、大理石で組まれた見事な噴水が中央で水を絶えることなく噴きだし、
それを取り巻くような形で典雅な彫像やら珍しい観葉植物やらが中庭を彩る体裁になっているからだ。

もっともそんな木々や彫刻の間に、奴隷達の繋がれた檻や何かの荷物が放り込まれた木箱や樽、
挙げ句に人狩りがあちこちの街や村で剥ぎ取ってきた芸術品や彫刻、物珍しい道具に陶器等が、
中庭のそこかしこに雑然とギュウギュウ詰めにされ、
どこの神殿からくすねてきたのか珍しい色の大理石や、
いずこの戦場で略奪されたのか甲冑や武具刀剣の類までそこかしこに雑然と放置されているのだから、
本当にここは奴隷商の屋敷の中庭なのかと、我ながらに疑わしくなってしまう。
けれど入り口の石段の無惨なへこみだけが、無数の奴隷達の足がここを踏んで通った証として、
この場所にこびりついた物悲しさを今も静かに語っていた。


「ハハ。少々散らかっておりますが、そこは何卒ご容赦の程を」

元々は貴族の邸宅であったのを改築と増築を繰り返し、今日までこのイクブリウムで時を重ねてきた『純白の宝石カオマァーニ』は、
泥煉瓦の土台に崩れかけの漆喰壁、木製の間仕切りにアシで編んだ戸に藁の屋根、と典型的な砂の民の造りであった。
もっとも造りは典型的ではあったが、歴代の工房長が建築に疎かったのか何か他に理由があったのか、
中を走る廊下の幾つもが複雑に折れ曲がり、方々の部屋に繋がって迷路のように屋敷の中を駆け巡っていて、
後から表の方に来客に対応する為の部屋が付け足されたりで、酷く動線が混乱していて不便な事この上ない。
只でさえ狭くて混乱しやすいのに、薄暗い廊下の奥の奥で奴隷達を調教する為の部屋や、
閉じこめておく部屋が幾つも幾つも不規則に連なっていて、実際私でもその全てを把握はしきれぬ始末だ。
そう言う訳で、こうして一番案内し易い中庭へ客人を連れてきたわけだが……


「コレ、は……!」


先刻まで努めて平静を装ってきたのだろうが、
さすがにその目の前に拡がる光景に娘の顔に一層色濃く憂いが浮かび、きゅっとその美しい朱唇を噛みしめた。
同郷人でもいたのだろうか? それとも同じ年格好の娘達が陥ったむごい境遇に恐怖したのだろうか?

それも無理あるまい。なにせ健康面だけは厳しく管理されてはいるが、
それ以外は特に注文が無い限りいい加減に放置され、
殆どの女達も男達もロクな衣服も与えられぬままか壁や手近の檻に放り込まれて鎖で繋がれ、
虚ろな表情で糞尿を垂れ流し、皆何事かブツブツと呟きながら只死を待つだけの囚人のように、
膝を抱えてうずくまったり地に剥き身を横たえたりしているのだから。

髪はだらしなく乱れて肩や頬にへばりつき、
その眼は充血してどこにも視点が定まっていないように見える薄汚れた娘達……
クッキリとした黒い眉に大きな琥珀色の瞳、整った小さな輪郭に尖ったあご、そして艶やかな褐色の肌と、
そのどれもが南の果ての僻地に暮らす異国人の特徴を色濃く現している。
よく似た顔つきだ。恐らく姉妹なのだろう。
さっきから娘の視線は、その2人が繋がれた檻を右往左往している。

ひょっとしたらこの娘も、どこともしれぬ彼方から人狩りに誘拐されて姉妹共々売り飛ばされ、
力ずくでは絶対に外せぬ魔法の鎖と大きな鉄製の首輪に繋がれた経験でもあるのやもしれぬ。
それとも遠方の国々の間で起こった紛争が生み出した、哀れな戦災孤児なのだろうか?

大昔ならいざ知らず、近年目に見えて弱体化した帝国がこの大陸の隅々まであまねく支配出来ているわけでもない今、
常にいつでもどこかで無慈悲で冷酷な戦乱の焔がくすぶっていた。
そしてあの姉妹のような犠牲者が日々、帝国全土で生み出されているのだから。
戦が悲劇しか生み出さぬのだと、愚かな施政者達には今も昔も分らぬらしい。
戦火の中で生み出される、飢え苦しむ幼子も、凌辱され征服される乙女も、
打ち捨てられる年寄りも、彼等の追い求める理想の前では些末な事でしかないのだ。
あの哀れな姉妹は、理想などより柔らかなベッドをこそどんなにか求めている事だろうに。
もっとも理想を信じるだけで生きてゆけるのなら、この世に戦いなど起こりはせぬだろうが。
まぁ、だからこそこうして我々のような商いが成り立つとも言えるのだがな。


「ご覧の通り、コイツ等めにはお客様の御注文があるまで、こうしてここで麦や粟、
 それに果物や薬草など様々な食物と、我が商会秘伝の配合を施した飼料、
 我々奴隷商人の間では俗に“ブタの餌アンブロシア”と呼ばれている特別メニューを与えております」
「それには汗など排泄物の臭気を弱めて体臭を微少にする効果の他、様々な疫病への予防効果がありまして、
 配合によって注文通りに乳房の大きさや尻の肉付きなど、部位ごとの発育促進を調節する事が出来る優れモノなのですよ」
「元々、鼻から脳をいじくって意志薄弱にする奴隷共ですが、この餌のお陰で飼育中はさらに苦痛に鈍感になりますし、
 引き渡し後でも与える餌の配合を調整する事で、随時お好みの調教をし易くするなどの作用がありましてね」
「勿論、依存症の方もたっぷりと有りまして、一度コレを喰わされた牝は死ぬまでコレ無しには生きられません」



そんな説明を、いささか青ざめた面持ちで主人に静かに伝える娘の胸中は如何様いかようおもんばかるまでもあるまい。
だが、娘に何が出来るわけもないのだ。
どんなに悲痛な思いにその胸のうちを痛めようと、己もまた男に飼われ、支配されている身なのだから。



「その上、喉の渇きと肉体からだの疼きを癒す為に餌を喰らえば喰らう程、
 奴隷達の精神は沈滞し、あらゆる物事に対して無気力になる効果もあるのですよ」
「大昔のように暴力や媚薬でもってSEX漬けにするなどと過剰に肉体を酷使する事無く、
 活きのいい状態のままに、最後は意志を失った肉人形のようになる、という寸法でして」



それぞれ発注によって細かに飼育する方法などは変化するが、基本的には奴隷達の誰もが先刻通り過ぎて来た部屋の、
仕切で区切られた小さな小部屋に押し込められるか、ここで狭い檻に入れられて過ごす事になる。
日々錬金で調整された特別な食事を与えられ、それぞれの部位の発育を促す特殊な運動と、
奴隷のしつけと称する冷酷な掟を骨身にキッチリと刻みつけられ、
買い上げられる主人への肉体奉仕のイロハを徹底的に仕込まれるのだ。


「絶えること無い渇きと疼きを癒す事が出来るのは、他ならぬ飼い主様の恵んでやるお情けだけ、
 
と身を持って理解する事になるのですよ」
「勿論、厳密には違うのですが、そうなるように肉体と精神を追い込み、
 剥き出しになった魂に徹底的に刻み込むのです」
「支配者の施しが無ければ、呪われた己の淫らな肉体からだは決して救われぬのだ、とね」
「なんだか面倒だとお思いになりますか? いえいえ、心配は御無用ですよ」
「大勢の牝奴隷を飼われているお客様には、販売後のご相談にも随時お受けさせていただいておりますし」
「お好み通り商品がぴったりとお客様に馴染むよう、配合を調整した餌を用意させていただいたり、
 調教メニューやしつけについても助言させていただきますので」



正面の檻に放り込まれた小柄な少女は、気だてが良ければ可憐な町娘のような印象がしたかもしれない。
だが棒切れのように手足が痩せった体つきと、まだ幼子も同然の未成熟な者が多いのに皆妊婦のように乳房や尻、
そしてドテにたっぷりと媚肉を溜め込んで、一様に男の劣情を刺激するいびつなボリュームに育っていて、
その異様な姿が否が応でも全ての印象を決定づけていた。
病的なまでに膨れあがった弾けそうな乳房の上下を、鎖や荒縄で厳しく緊縛されている女奴隷達もいて、
ヌラヌラと汗濡れたおおきな乳房が悩ましげにくびれて痛々しく鬱血し 、
淫惨なまでに被虐と豊満さを突き立って強調している。
何かの仕置きかしつけか、恐らく乳責めでイキ狂うマゾ奴隷にするような客の注文なのだろう。
いづれにせよ数日と掛からずに、内に秘める淫魔のような淫らさを巧みに引きずり出され、
男が望むモノ全てを死ぬまで捧げ尽す、肉欲を司る好色の堕天使へと作り変えられてしまうに違いない。

只でさえそんな陰惨な情景の飼育場の空気は淀み、
そこかしこが崩れ落ちた漆喰の壁と無惨に爪で穿うがたれた土壁の疵には、残らず奴隷達の血と汗と涙、
そして無理矢理に搾り出された女達のフェロモンがネットリとこびりついてるかのようであった。


「さぁ、いかがです? 確かにここに居る者を含めればおっしゃる通り300を超えましょう」
「ですが、まだまだとても使い物になるような代物じゃございませんのは、
 ご覧になればすぐお分かりいただける事と存じますが」



檻のなかの女達の放つ低い呪詛の唸り声か、すすり泣きが微かに耳に届いたのか、
不意に目の前で娘がぶるる、と身を震わせた。
こちらの説明を理解しているのか、目の前の陰惨な情景に感情が麻痺してしまったのか、
娘はもう何も主人に告げはしない。
ヤレヤレ。だから事前に確認したというのに、まったく手間のかかる事だ。
とはいえ、うら若い娘が直視するには、眼前の非情すぎる現実は余りに厳しすぎるだろう。
きっと己の置かれた境遇と薄汚れた娘達の陥った現状のその無慈悲さに、
あらゆる感情が混濁して脳裏でグルグルと回っているに違いない。
運命の気まぐれで己はこうして主人に飼われて綺麗に着飾っている、
けれどそのほんの少しの幸運を逃したばかりに自分と少しも違わぬ少女達が、家畜同然に扱われているのだ、と。


「ふむ…?」


硬い表情のままな娘の視線を追ってみると、先ほどの哀れな姉妹の向こうで壁に繋がれている、
北方人特有のしろく艶やかなミルク色の肌と、陽光に映えるたてがみのように長く豊かな銀髪が一際目を惹く、
年の頃は18、9程だろう、5、6人の牝奴隷達へ視線が注がれているのが伺えた。

その一団は年頃の娘らしく色気タップリの曲線美を湛えた肉体からだに、僅かばかりのちっぽけな薄汚いボロ布を腰に巻き付けて、
病的なまでに大きく豊満過ぎな、正に乳牛を連想させるたわわに実った円錐形の乳房を重々しく垂れ揺らめかせ、
文字どおり牛の如く壁に一列に並べられてゴツイ首輪を嵌められて錆び付いた鎖で繋がれている。
だが娘が目を奪われているのは、たっぷりと中身の詰まった双乳に、キュッ、とくびれた細腰、
そしてふくよかな丸みを帯びた、剥き出しの豊満な乳房と同じで今にもみっちりと張りつめた双臀が飛び出しそうな、
そんな到底ボロ布などで隠す事は出来ぬ、とびきり極上なそのプロポーションの為ではあるまい。
勿論、男好きのする完成された瑞々しい肉体からだとは裏腹に、股間にあるはずのかげりりは一切生えておらず、
身体の発育とはアンバランスな無毛の股間から綺麗な割れ目が丸見えとなっている為、
一層にその女達を淫蕩に見せているからでもないだろう。


「どうして高価な奴隷になるはずの者達を、こんな風に放置しているのか不思議ですか?」
「確かに見栄えは最悪でしょうが、注文が来るまでは極力餌付のみとし、
 基礎的な奴隷飼育を進めるだけなのですよ」
「その時がくれば、嫌でも苛烈な奴隷調教が肉体からだと精神に施されるわけですからね。
 それまでは極力“素”のままの状態を保つようにする、というのが我が商会の昔からの習わしでして」



そんな言葉が耳に届いたのか届かなかったのか、相も変わらず冷ややかな怒りを湛えた目が、
壁に繋がれた哀れな牝奴隷達へ静かに向けられている。

一列に牛のように並べて壁に繋がれた牝奴隷達の、その美貌やプロポーションが際立っていればいる程に、
どこか焦点の合わぬ視線を宙に漂わせ、呆けた表情を隠すこともなく気持ちよさそうに喉を鳴らしてヘラヘラと笑い、
ヨダレを口端からタラして誰憚だれはばかることなくジョボジョボと放尿している姿が痛々しかった。
歯を全て抜歯されて空洞のようになった口や、注射針のあとも痛々しい二の腕や乳肌をわざわざ確かめるまでもなく、
恐らくは苛烈を極めた調教のせいか、無理な注文のせいで与えられた薬か何かの作用で頭がイカれてしまったのだろう。
つまりあの牝奴隷達は調教の失敗作で、ここでこうして工房の男達の性欲を処理する最低最悪な、
公衆便女として死ぬまで飼い殺されているのだと、精液まみれで放置されてギトギトになった髪や、
ひび割れて粉ふいた残滓が顔中にこびりついた様を見るまでもなく、娘にも察しがついたに違いない。


「尻の孔だろうと喉だろうと、体中のありとあらゆる穴で精液を飲み干すのが病みつきの生まれついての色情狂となるか、
 指が触れてさえ恥じらう白百合のように清廉潔白な乙女に仕立て上げて愛でられるか」
「全てお客様達の御注文次第です。まぁ何をするにも、まずは注文が無くては何も始まりませんがね」
「それに…」


ようやく己が何の為にここに居るのか思い出したのか、秘やかに我が説明を主人へ娘が伝え出した。
娘が告げるそんな言葉に対して、表情は屈託が無く親しげだが
何事か耳打ちして返す男の発音が徐々に不明瞭になってきているのが分る。
段々と退屈して、飽きてきたのだろう。
未調教の娘達の姿や、壊れて壁に繋がれた娘達の、そんな一部始終を男が無感動な目で眺めている。
この手の貴族様というのは、どうしてこう誰も彼も集中力が続かぬのか。
大体、ここへ案内しろと言い出したのは自分だというのに。


「例えばあの向こうで壁に繋がれている北方人の娘達をご覧下さい」
「ええ。お察しの通り、もうアレは売り物にはなりません。ここでああして男達の慰め者になるしか、
 もう他に使い道の無い肉人形です」
「確かに我が商会は奴隷調教の手練れが揃ってはいますが……
 まぁ、ココだけの話ですが色々な条件が重なって、希に巧い具合に調教の進まぬ、
 手を焼かされる強情な奴隷というのも出てくるのですよ」
「いえいえ。それは勿論、どんな娘だってキッチリとご要望通りな奴隷に仕立てあげてみせますが、
 なにせ私どもにとってお客様の注文が第一ですから」
「その御注文に記された条件に見合うよう、決してその身に傷を付ける訳にもいきませんし、
 心を壊してしまう訳にも参りませんからね」
「まぁ、早い話が難しい条件付の調教をし損ねて無駄に身を崩したか、
 一向に調教が進まぬまま飼われている間に歳を喰いすぎて売り時を逸してしまった、行き遅れの花嫁のようなものです」
「そうなるともう調教を進める意味はありませんからね。新たにしつけのし易い、
 条件に見合う奴隷を調教した方がお客様の元へ商品を届けるのが早くなろうというものです」
「と、まぁ今御説明致しました通り、そのようにして厳しく吟味され、膨大な犠牲を払って選りすぐられた奴隷達だけが、
 1級奴隷の称号を受ける事が許される訳でして」
「その性質上、どうしてもお客様方のお手元へ届くまでにお時間を頂く事になっておりますので、
 大変申し訳ございませんが今回のお客様のご要望は…」

「フフ……」
「……?」


低く微かなその声は、注意していなければ聞き逃してしまっただろう。
ハゲタカのように宙を舞う好奇心を漂わせ、ニヤッ、と奴が意地悪くわらった。
さっきまでとは急変して、まるで祭りのご馳走用に、初めて市場でいわしを選ぶ賄い小僧のような目つきだ。


「まだ何かお疑いですか? それではどうぞ隅々まで遠慮無く御自由にウチの工房をお探し下さい」
「ですが、どう見たってウチで飼っている奴隷の数は未調整を入れても300ちょい、だとはお思いになりませんか?」
「ここらじゃ、これでもウチは一番規模の大きいの飼育場を備えていて、
 日々お客様からのご要求に応える為にあくせく朝から晩まで休む間の無く働いておるんでございますよ」



そんな情けない言葉を吐きながら、なんとかこの困難な状況を打開出来ぬものかと、
滅多に交渉などに使わぬ頭をめまぐるしく回転させていた。
実際、この面倒な珍客のせいで午後の予定がすっかりパァになってしまっているのだ。
只でさえ作業は遅れ気味なのだ。いい加減このような俗っぽい取引で手をわずらわせている暇はない。
とはいえ内心の苛立ちを抑えつけ、それでもなんとか饒舌に言葉を紡ぐ。
万が一気が変わって、2級で数合わせをしてもいい、となれば大口の客に化ける可能だってないわけではないのだから。



「それなりのお時間と費用を見積もっていただけるんでしたら、どんな望みだろうと、
 お客様が求めるお好み通りの肉体からだに仕上げてしつけ、期日までにお客様の元へ届けるだけの自信はございます」
「ですがいくら錬金の秘術を使おうが禁断の黒魔術を唱えようと、さすがにご所望の品をお望みの日数で、
 あれだけの数揃えられようはずがありません」
「ええ、それだけはこのイクブリウム中どこの奴隷商の戸を叩こうと、決して叶うはずがないと断言いたしましょう」
「ご存じないのかも知れませんが、奴隷1匹マトモに使える様に調教するのに、
 何をどう見積もったって半年はかかるのが常です。それが1級品とくれば1年でも早いくらいでごさいますよ?」



ここまで言っても、男の反応は実に薄かった。
もう勘弁してください、と哀れっぽい口調で訴えつつ、泣き出しそうな表情で訴えかけてみる。
まぁ、この手の貴族様に泣き落としが通じるとも思えないが、出来る手はなんでも講じてみて損はないだろう?
此方の言葉が分るはずの娘も、硬い表情のまま無言で佇んでいるだけで、少しも取りなしてはくれない。
もしや先刻からの哀れな奴隷達の身の上を思って、未だ胸を痛めているのだろうか?
精一杯慎ましい商人として交渉をしてはみるものの、どうにもこちらが言葉を紡ぐほどに、
駆け引きを楽しんでいるかのような思惑が男の目に浮かんでいるように思えて仕方がない。

だがわざわざこんな遠方にまで出向いて、商人との化かし合いを楽しもうと言うわけでもあるまいに、
と萎える気力を奮い立たせてなんとか言葉を続けた。
それに相手は正式な紹介状を託された貴族なのだ、恐らく損得勘定の得意に違いないこの男が、
どれだけ金を積もうと己の我が儘が損にしかならぬと理解したならば、案外簡単に望みを引き下げるやもしれぬ。

そんな計算をしての交渉を続けたのだが、それは次に男が放った言葉によってもろくも崩れ去ってしまった。


「ふむ……そろそろこの茶番にも飽きて来たな」
「な…っ!?」
「しかし急な来客に対してとはいえ、本当にここらで一番の商会なのかね、ここは?
 程度が低すぎて、正直信じられんよ」


その瞬間、胃の中が凍り付いたかのように冷たくなるのを感じた。
男は訳知り顔に微笑んでいる。
マズイ、片頬がこわばっている。
オマケに固唾を呑込んでしまった。
明らかに異国人と分る男だ。
なのにまるで露店の籠の中で生まれたかと思うほど砂漠の民の言葉を流暢に使いこなす、だと!?
呆気にとられるままな私へ、なおも男は冷酷な言葉を淀みなく浴びせかけてきた。


「一体、今までどれだけヌルイ商売をしてきたんだね?
 この辟易するド田舎者ならなんとかなるかもしれんが、その為体ていたらくじゃ都では一銭も儲けられんぞ?」
「そもそも君は本当に商売人なのかね? お世辞にも手際が良いとは言えんし、
 てんで客商売には向いとらんのじゃないかね? えぇ?」
「とてもじゃないが、大店おおだなの主になんてなれんぞ。せいぜい狭苦しい穴蔵の奥で、
 薄汚れた牝奴隷共の尻にでもムチを叩きつけとる方がお似合いだろうさ」



人を見下すような、傲慢な声音が一層に高まった。
注意して聞かなければ分らないが、母音は身なりほどハッキリしていないし、
自信ありげな様子も教養を漂わせるまでに到っていない。
つまり、コイツはとんだクワセモノだった、って事だ━━



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