◆ 奴隷商人 ◆ UPDATE 09.10.07
◆ 第三章 『 闇の底 』 ◆
地下工房。
相変わらず狭くて薄暗くて最低で、とんでもなく最悪だ。ここは。
素人が迂闊に大きく息をしようものなら、間違いなく鼻の奥にこびりつく臭気でゲロっちまう。
その上、いつだってここの空気は、埃っぽい上にどうしょうもなく蒸れてやがンだから始末に負えねぇや。
「ウヘ…ッ! 反吐が出やがるッ!」
「こんな地の底ってだけでもウンザリだってぇのに…」
冷え冷えと湿っぽい薬臭い澱んだ空気に顔を撫でられマジ最悪。
息を止めていてさえ鼻の奥がムズ痒くなっちまうぜ。
唯一、弱々しい陽光が射し込む天井の小さな明り取りの高窓だけが、
懸命に四角く闇を切り取ろうと無駄な努力をしちゃあいるが、
窓を覆う砂塵と蜘蛛の巣のせいで殆ど何の役にもたっちゃいない。
まぁ、仮にこの糞ムカつく穴蔵を市場の大通りみてぇに明るく出来たとしても、
今じゃ誰も見向きもしねぇ天井や壁に描かれた大昔の御大層なフレスコ画の模様や、
古ぼけた漆喰装飾をちぃとばかし浮かび上がらせるくれぇにしかなンねぇだろうけどよ。
どっちみち、こんな穴蔵に押し込められてるコチとらにとっちゃ、何の慰めにもなりゃしねぇ。
「ハァ…んとに、ウゼぇよなぁ〜〜〜…」
辛気くさい林立する培養槽と護符だらけの埃まみれの部屋で、半刻居るだけでも気が滅入るってぇのに。
ヤレ投薬の分量だ発育の具合だ、と小難しい注文をくどくどゴチャゴチャと…ああ、ホントに堪ンねぇぜ!
が、しみったれちゃあいるが、仕事は仕事だ。腐っててもはじまらねぇ。
「ヘマでもしでかしたら、あのおっかねぇ親方にどんな惨ぇ仕置きを喰らうか分かったもンじゃねぇや」
ガキでも出来るこんな単調な仕事っつっても、バカみてぇに大金がかかってるわけで…
くだらねぇ人形相手のエサやりっても、手ぇ抜けねぇのが辛いトコだよなァ、ホント。
ったく! いつになったら本格的な仕事を任せてもらえるンだか……
「まぁ、確かに始めたばっかの頃は、ここの仕事にウハウハだったけどよぉ、
流石に飽きてくるよなぁ…こう毎日じゃよ…」
「どっちみち見習い小僧にゃ、この程度しか仕事は回ってきやがらねぇんだよなぁ…ハァ…」
こんな事なら、ダチの言う通り一緒にキャラバンにでも潜り込んどきゃよかったな?
んでも、聞いた話じゃキャラバンの仕事もかなりヤバいって噂だしなぁ…
日々、繰り返すだけの退屈極まりねぇツマんネェ見回りばっかつっても、死ぬわけじゃねぇしサ。
「やっぱさぁ、珍しい外国を方々見て回れるってつっても、
常に死と隣り合わせのキャラバンよっかマシだよなぁ…ンン?」
なんだ? 確かに今、部屋の奥から耳障りな音が聞こえやがったぞ?
透明な樹木のように、薄暗い穴蔵に規則正しく林立するガラス細工の円柱の方へ耳をそばだててみても、
いつも通りに水泡の弾ける鈍い音しか聞こえてこねぇ。
深い闇で蠢く魑魅魍魎の薄気味悪ぃ騒きに聞こる、なーんてここに慣れてねぇ連中はブルっちまってるが、
オレ様はとっくに慣れっこで屁でもねぇ。
ま、確かにここはオレのジイさんの生まれるずっとずっと前から延々と続いてきた埃っぽい工房だしな。
忌まわしい迷信の1つや2つこびりついてたって、確かにおかしかねぇさ。
大抵の奴等は護符を握りしめてガタガタ震え、見えねぇ何者かから逃れようとブツブツ何事か呪文を唱えてンだろうが、
10になるかならねぇ頃からここで飯のタネ稼いでるオレ様にとっちゃ、もう子守歌みてぇなモンよ。
「ンだぁ? ドイツか知らねぇけど、蟲でも暴れてやがンのかな?」
気のせいか? いやいや、そんなハズはねぇ。確かに聞こえたゾ。
隣の部屋で誰かがヘマしてついた悪態だって、このオレ様の地獄耳は聞き逃さねぇ。
と、すると投薬ミスか?
却下だ。このオレ様がそんな事、ありえねぇ。
それとも、何かの見落としでもしたって?
「……ハッ! それこそ有りえねぇ。このオレ様がそんな初歩的なヘマなんてよ!」
燐光を放って仄かに闇に浮かび上がる、神殿の列柱よろしくズラリと奥へ連なる培養槽へ目を凝らしてみる。
勿論、何の変化もない。
ドイツもコイツも、さっきと微塵も変わらぬ格好でマヌケな顔晒して、培養槽の中で呑気にプカプカ浮かんでやがるだけだ。
歩き回る通路だけ綺麗に掃き清められたように埃の失せた、
幾何学模様のモザイク・タイルの床に描かれている魔法陣を眺めてみても、何の異常反応も示しちゃいねぇ。
「クソッたれが! ゾロゾロおんなじようなツラばっかで、手前ら一々確かンのが面倒なンだよォ!」
そんな悪態に誰が答えるでもなく、闇に跳ねて殷々と響き渡っていく。
ああ、ああ。分かってる。そんなこったぁ最初っから分かってンだよ。
ここで文句タレてたって、誰も応えちゃくれねぇし、何ぁンも解決なんてしねぇってな!
「ケ…ッ! そうと決めたら善は急げだ」
こういう面倒な時に限って、どういうわけだかご機嫌斜めの親方に呼び出されたりするもンだ。
さっさと始末つけて、とっとと上へ上がって旨い酒でも喰らってフテ寝でもしちまおう。
なぁに、ちょいと様子でも確かめりゃいいのさ。
そンで後の世話番まで何事もなけりゃ、どうとでも言い訳なんざ出来るってもンよ。
「とは言え、逐一コイツ等を調べるなんて骨が折れるだけだしなぁ…」
うーむ。どうすンべか……このまま放置して何かあったら知らぬ存ぜぬで誤魔化せる程、親方はマヌケじゃねぇ。
他の奴等だって、絶対にオレ様を疑うに決まってる。…クソ! 人気モンはツレぇよなぁ。
一番いいのは、このまま何事も無く、さっきの物音がオレの気のせいであって…
「……!」
また聞こえた。確かに今、何かの音がしやがった。
マジかよ! オイオイ、冗談じゃねぇぞ?
「チクショウ! あんまりにも耳がいい自分を呪っちまうぜ!」
もうじき交替の時間だってのに、穴蔵を駆けずり回ってまた最初っから1つ1つ、
確認しなくっちゃならねぇってのかぁ!?
「えぇい! ……クソクソクソ! ツイてねぇ! あぁ、全くツイてねぇぜ!!」
思いつく限りの呪詛と悪態を天に向かって撒き散らした後、
諦めて端の培養槽からスゴスゴと様子を確かめようとしかけた時、それに気が付いた。
「……なんだァ? 妙に工房がザワついてやがンな?」
普段はお通夜みてぇに静まりかえって仕事に励んでる工房の連中が、
まるで市場で声を張り上げてる行商人のように落ち着きを失くしてる。
別に“禁言の行”を科されてるわけじゃねぇが、ここの連中は揃いも揃って暗く、煩悶に苦しむ風情で青っ白い顔を歪めながら、
皆何事かに追われるように黙り込んで四六時中、忙しく動き回ってやがンだ。
「滅多な事じゃ、ザワつかねぇ根暗共がこんな風にザワつくたぁ…」
「なんだ一体、何かの事故か? それとも、誰かヘマでもしでかしたのかよ?」
いやいや、そんな程度であの連中がザワつくわきゃねぇ。
年がら年中、そこかしこで神をも畏れぬ悪辣非道を奴等は嬉々として繰り返してンだ。
そんな可愛げがこれっぽっちでも残ってたらお目にかかりてぇや。
「とすると……ひょっとして、こんな時期に急な大口注文でも入ったンだろうか?」
都の方から、とんでもない注文が転がり込んで来たって線も、無くはねぇよな?
……いやいや、ここんとこ出荷の数もシワいって噂だし、そうそうそんなオイシイ話が転がり込んでくるワケねぇ。
「……ヘッ! まぁ、なんだっていいさ。
どっちにしろ、こんな穴蔵にいちゃ何も分かンねぇし、気が滅入っちまう」
あんな連中の事でアレコレ悩むなんて、それこそ時間の無駄以外のなにもンでもねぇや。
奴等がザワついてンなら、それはそれで好都合さ。
バタついてるのに便乗して、培養槽の異常を誰ぞに言いくるめて、とっとと外へズラかっちまおう。
小僧のオレっチにはテンデ手に負えませんや、とか言や、調合頭のレン辺りがなんとかしやがんだろ。
と、そんな風に悪巧みを思案しつつ穴蔵から顔を覗かせると、不意に頭上の闇から聞き慣れぬ声が降ってきた。
「ヤレヤレ。昔日の栄光にいつまですがっているつもりかね?」
「い、いえ、決してそのような事は…」
「なら何を悩む事がある? 上手くいけば大金が転がり込むどころの話ではないんだぞ?」
「商売人というのは、常に建設的な意見ばかりを尊重する訳ではないんだろう? 違うかね?」
妙に甘ったるく低く響く声からは、計算の行き届いた明確な話しぶりが伺える。
そして、それは全く知らない声だった。
(オイオイ、まさか客人をここまで招き入れたのかよ!? 親方の奴、何トチ狂ってやがんだ!?)
工房に声なき声が上がり、一瞬で緊張が張りつめる。
当然だ。ここへは上の者は滅多にやって来ない。オレ様がここに来てから知るだけでも、ほんの1、2度あるか無いか。
そりゃそうだろ、こんな辛気くせぇ忌み嫌われた場所に、誰が来ようなんて思うもンか。
上からここまで延々と真っ暗闇の中をモグラ気分でぐるぐる螺旋階段を降らにゃならねぇし、
道中の苔むした干し煉瓦造りの壁がとんでもなくジメついてて、手をついたが最後ヌルヌルで、サンダルもやたらと滑りやがる。
進めば進む程に湿っぽいカビ臭ぇ空気になってく、底の見えねぇ長ぁい階段降ってこんな薄気味悪いトコへ来ようなんざ、
よっぽどの酔狂野郎じゃなきゃ思いつくわけがねぇ。
オマケに大抵の奴隷商の地下には未調教の奴隷共が放り込まれてる独房や陰惨な拷問を施す調教部屋、
そのまた下には惨たらしい最期を遂げた奴隷共の死体置き場がある、ってぇのが定番だ。
オレ様みてぇに、ここへ通い慣れてる奴ならいざしらず、そうじゃねぇ奴はブルっちまって、
天井から滴り落ちる水滴が頬でもかすめようもんなら、『幽霊が出た! 悪霊に首筋を舐められた!』
とかなんとか、泣き叫びながら逃げ帰ぇンのがオチさ。
都の人間はどうか知らねぇけど、砂の民ってのはなんだかんだ言って、カビ臭ぇ迷信ってのを信じてっからよぉ。
(もし“アレ”でも見つかってタレ込まれちまったら、一巻の終わりじゃねぇか!?
何考えてンだよ、あのクソオヤヂはッ!!)
そんなこっちの心配など露程も知らず、見知らぬ来訪者と親方が、長い長い螺旋階段を壁づたいに下ってきやがる。
(ンン…? なんだか様子がヘンだな? ありゃ、もしかして客じゃねぇんじゃねぇのか?)
初めて見る顔だが、すぐにピンときた。
相手をする親方の顔に、憂慮の翳がアリアリと張り付いている。
ともかくこの客人達は、世界でもっとも深い闇の静謐さと、神秘的な没薬の甘い香りを味わいに来た、
なーんて風流な学者様じゃねぇのは一目で分かンぜ。
(あんまり歓迎してぇ訳じゃねぇのは確かだな、こりゃ…)
ムチのように痩せていて、身長は並より高い程、すっきり整った顔立ちだ。
がっしりした顎に、細い鉤鼻、唇は肉厚で皮肉っぽそうに歪んでいる。
重労働などしたことのない小綺麗な手を見るまでもなく、いかにもといった貴族らしい風采と、
金満家と言わんばかりな仕立ての良い上着にその身を包んじゃいるが、鼻にツクいかがわしい感じを覆い隠せちゃいねぇ。
よく見ると下手くそな彫刻家が適当な所で荒っぽく仕事を放り出したような、
そんな印象を少し歪んだ顔から受けるのも影響してンのかもな。
(どっちにしろダチにしてぇ、ってタイプじゃねぇやな……)
顎を掻きながら喋る、高価な香辛料をふんだんに使ってコネ回すに違いないその華奢な指先から、
嗅ぎ慣れたスパイスと見知らぬ土埃の匂いが混ざって放たれているようだ。
浪費家で酒飲みで、夜中まで街を女連れでフラつき、熟柿のよな最悪な口臭と、
イモ虫じみた指にこびりついた香辛料の匂いを誤魔化す為に、
四六時中ラベンダーの芳香剤をそこら中に撒き散らしてるような成り上がりのロクデナシに違いねぇ。
不意に謎の客人が、先頭の親方に何事か語りかけた。
あのいつもムッツリとした仏頂面で工房の連中をじろり、と睨み付ける親方が、わざとらしいくらいに謙って男に恭しく返事を返す。
途端、男の顔に、サッと赤みが差したのが分かった。
傲慢で短気な人間ってぇのは、決まって感情を隠すのが苦手ときてやがる。
もっとも感情を隠す必要もない地位にいる人間に、そんな芸当を求めても無駄なンだけどよ。
「真実というのは貴重なものなのさ。分からないのかね、君には?」
「誰にでも与えられるものではないし、おいそれと扱えるものでもないのだよ」
「そう。明日という日が、誰にでも平等に訪れぬのと同じようにね」
特に貧しい者や生まれの卑しい者はな、と言外に匂わせるその態度が気に入らねぇ。
ああ、気に入らないね! まだ暗くてどんな様子か伺えねぇが、これだけはハッキリしてる。
コイツは癪に触る、どうしょうもなくいけ好かねぇクソ野郎だ!!
「ほぅ……」
地下に拡がる秘密工房の規模を目の当たりにして、男が小さく感嘆の声を上げて立ちつくす。
雑然としてゴミゴミした上の調教部屋や悲惨な中庭とは一変した、砂の街の地下に拡がる巨大な空間に驚いたようだ。
まぁ、初めてここへ降りてきたモンなら、そーなって当然だよな。
高々とした天井の下に、均等の取れた広間が奥へゆったりと続き、
西域でも滅多にお目にかかれぬと言う、色とりどりの繊細な器具に飾られた大きなガラス容器が、
理路整然とずっと奥まで延々と続いているのを目の当たりにすれば、誰だろうと息を呑むってもンさ。
オマケに図書館よろしくぎっしりと棚に詰め込まれた、途方もない価値ある万巻の書物と、
怪しげな記号と複雑怪奇な魔法陣が書き込まれた羊皮紙で壁一面をびっしりと埋め尽くされてンだから、
驚くなって方が無理ってもンだ。
いや、ひょっとしたら単に両の壁から滲み出してくる威圧的な静寂と、得も言われぬ甘い焚香の匂いと、
馴染み深い、それでいて刺激的な匂いが立ち込めていンのに気圧され、混乱してるだけかもな。
そこここの容器や壁を這う管から立ち上る硫黄臭のする蒸気と得体の知れねぇ煙が、
列柱の上で弱々しい明かりを灯す燭光から漂ってくる、灼けた獣脂の匂いと一緒くたになって部屋中を漂い、
慣れぬ者だと鼻白むだけじゃ済まさねぇ、トンでもなく酷い臭いなンだから無理もねぇさ。
なんたってこのオレ様だって、ガキの時初めてココへ足を踏み入れた途端、堪らずゲロっちまったんだからよォ。
余所者にゃあ、確かにコイツはキツイぜ。ざまぁ見やが━━
「おぉッ……!?」
女だ。それも滅多に見かけぬ、飛びきりの美人。
見慣れぬ男の後に、まるで影を踏む様にひっそりと佇んでいた。
どこか寂しげで儚く危うい雰囲気と、一目で分かる深く暗い翳り。
なのに悪戯に誘う出で立ちと、蠱惑的な眼差し。
謎めいた美女を飾る金属細工や宝石に、燭光の灯が反射て、さならが天空を飾る星々のように漆黒の闇で煌めいている。
(あの客人の、連れか? なんだって女をこんなトコに…?)
長い手足の均等が取れた体躯に、小さな頭、はっきりした顔立ち、美しい髪とたっぷりした朱唇、パッと見はまるで人形のよう。
細身で、だがしっかりとバネのある歩き方で階段を男と下りてくる。
いいねぇ、あーいう足首がキュッ、と締った女はアソコの締まりもいいンだよなァ。
へへへ。あーいう女は高値がつくんだ。
褐色の肌は蜂蜜のように滑らかで、薄布から透ける男の好みをストレートに反映した肉感的な肢体は、
触れるまでもなくデリケートで、間違いなく最高の音を奏でるに違いない。
(ってもよー…肉体の方は間違いなく一級品だが、あの格好はいただけねぇよなァ〜〜)
いくらなんでも、ありゃ見せつけすぎだ。つーか、服なんて呼べる代物じゃねぇじゃねぇかよ。アレじゃ。
あのイカれた格好は所有者の趣味ってこったろう。
野郎、そーいうツラしてやがるぜ、確かに。
しっかし、悪趣味だねぇ。せっかくの美人が台無しじゃねぇかよ。
そもそも、女ってぇのは薄モノを、1、2枚程チョイ身につけてるくれぇのが具合良いってのにサ。
『何故って? オイオイ、そりゃ決まってンだろ?』
『その方が中身を想像する楽しみや、脱がせる愉しみがあるってもンじゃねぇか?』
『ああ、坊主にはまだ早かったか? まぁいい。なぁに、じき分かるようになるさ』
『特にソレが閨や、自分の腕の中でなら、そりゃ最高なンだぜ?』
『ガハハハ! まぁ、ソイツが大抵の男の夢ってぇ事よ。ちゃーんと覚えとけよ、坊主!』
死んだジィさんがよく、そんな事言ってたっけなァ……確かにその気持、今ならすげぇ分かるぜ。
(ンン!? あの女……!)
ああ、なんてこった。あんなに美しいのに、眸が死んじまってる。
ありゃ、快楽を貪る為だけの交尾を待ち望んでる淫売の眸だ。
どうしょうもなく魂を、その美しい肉体を、売り飛ばしちまった惨めで卑しい性奴隷の。
「アーララ…あーんなに可愛い顔してンのに、勿体ねぇ話さ……」
まぁ、ここいらじゃ別に珍しい話でもねぇか。
綺麗で可愛い奴隷娘がどうなる運命かなんて、5つのガキでも知ってる事さ。
前も後も、あの可愛い唇も、胸も、顔も、穴という穴を、何もかも徹底的に自由に汚し抜かれて。
すっかり降りきって子胤欲しがる子宮に染み渡る、爛れた飛沫の熱だけでイケる様になるまで、朝から晩まで延々と嬲り尽されて。
欠片も残らず理性を貫き引き裂かれ、掻き回されて、みっともなく獣のようにヨダレと愛蜜を撒き散らしながら、
もっともっとと際限なく牝穴ビクビク波打たせてオネダりし、叩きつけられる官能にイキ顔丸出しにしながら。
えぐり回される度に深く深く溺れ、貫かれるままに噎び哭く。
隷属する牡に所構わず貪られ、好き放題に吐き捨てられ、注がれて、
もう決して消えぬ青臭い精子の匂いをコッテリとこびりつかせた柔肌を震わせながら。
為すがままに悩ましく悶え狂い、幾度となく昇り詰めては果て、何もかもを無様に晒し出され、踏みにじられて、
どこまでもどこまでも哀れに墜ちていくだけ━━
(ケ…ッ! そんな事を一々、気にしてたらこんな商売してられっこねぇンだけどよォ)
あの手の助平貴族が、正規の手段を使って奴隷を飼うわけがねぇしよ。
そもそも、店で売り買いしてる奴隷なんぞに満足するようなツラじゃねぇ。どう見たって悪人ヅラだぜ、アイツ。
きっと金に物を言わせるなんて可愛く思える程のド汚ぇ手でも使って、どこぞのいいとこの娘を拐かしたか何かしたンだろう。
薬漬けか、暴力でか、あの極上の肉体を隅々まで味わい尽され、ド外道な快楽にまみれて来る日も来る日も弄ばれ続け…
その凛々しい顔を恥辱で歪ませ、日々飼い主の恣に嬲られ、
どんなに恥ずかしく屈辱的な言い付けにも決して逆らわず黙って服従し、
身も心も主人に捧げ尽す様に躾られた、忠実なる肉人形に成り果てて…
そんな普通でないサービスを、絶えず主人の為だけに提供する事が、己の忌むべき運命なのだと、
背く事の叶わぬ哀しい牝の性なのだと、何もかもを受け入れちまった顔だぜ、ありゃ。
「……!?」
気がつけば工房は、普段の静寂を取り戻していた。
いや、違う。工房にいる男達の目が、釘付けになってンだ。
そりゃ無理もねぇよな。あんな美人が、こんな墓穴みてぇな所へ現れりゃさ。
(??? ……なんだ、この妙な感じは?)
異国情緒が漂う見慣れぬ女だから、と言うわけじゃない。
金の首飾りや腕輪を山ほどつけているから、と言うわけでも、
この女は純粋な西域人と言うには砂の民っぽく、砂の民と言い切るには西域風っぽいから、というわけでもない。
そうじゃなく、何かあの女の全体が…
(なんだ、このひっかかりは…?)
……なんだか知らねぇけど、ヤバイ予感がする。
最初から女がこんな破廉恥な格好でいる場合、大抵がロクな事にならねぇんだ。
誰か他の男を愉しませる為か、底意地の悪い商売女、なんてーのが大抵オチってな事になる。
そもそも堅気の女やどこぞのお嬢様が、あんな格好でいる訳ねぇし、ここへも脚を運ぶはずもねぇ。
つーわけで、オレ様が今までの経験から学んだ知識を総動員して下した結論は、そんな女には近づかねぇに限る、って事だ。
ほれ、これで無問題。なぁんにも揉め事は起こりゃしねぇ。簡単なこったろ?
大体、只でさえ頭を悩ます厄介事なんてもんは四六時中、後から後から湧いてくンだからよ。
わざわざ手前から、そんな女と関わり持って面倒を背負い込むなんざ、誰だってゴメン蒙るってもんだ。
そうじゃねぇかい?
「誰か! 誰か手の空いている者はいないかっ!!」
オイオイ、なに言ってんだよ。
この忙しい工房で暇ブッこいてる奴なんているわけねぇって、よぉく知ってるクセによ。
案の定、親方の目に止まらぬよう誰もが顔を伏せた。
ま、それも無理ねぇ話だ。
愚痴愚痴と嫌味はしょっちゅうタレてたが、滅多な事で声を荒げぬあの親方が怒鳴ってンだから。
どう考えたって、係わり合いにならねぇ方がイイに決まってる。
(…うへ! 勘弁してくれよォ)
チラ、っと物陰から盗み見たその顔に、どうしょうもない苛立ちと、抑え切れぬ怒りが滲んでいる。
ヤベぇ。こんな時にマヌケに顔を出したら最後だぜ。とんでもねぇ事を言い付けられるに決まってる。
こーいう時は、ケツまくってとっととトンズラすんのに限るってもンさ。
幸いオレ様のような下っ端が一人欠けようが二人欠けようが、ごちゃついてる工房じゃ気にならねぇだろうし…
「ハサム! ハサムはいるか!」
「いつもマシな仕事をくれとせがんでただろうが! お待ちかねの大仕事だぞ!」
それは聞き慣れ、馴染んだ言葉。
ガキの頃から、始終使い、使われてきた響き。
それは、間違いなく親方がオレ様の名を呼ぶ声だった。
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